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読書と散歩と雑巾がけ

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ばいばいまたね

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by dance3e | 2013-07-31 13:03 | かぞく | Comments(0)

朝ごはん

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ワカゾーくん作、村上レシピ。
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by dance3e | 2013-07-30 10:09 | ごはん | Comments(0)

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雨はやはりホッとする。
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by dance3e | 2013-07-29 10:48 | くさき | Comments(0)

それぞれの土曜日

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朝食のピザを作っているひと

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そして野崎訳のライ麦を読むひと
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by dance3e | 2013-07-27 12:57 | ほん | Comments(0)

ワカゾーくん、いてます

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キッチンタイマーと

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ええ風合いになったTシャツもらいました。
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by dance3e | 2013-07-25 15:02 | かぞく | Comments(0)

本日のミツギモノ

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あつあつほこほこの紙袋がふたつ、なになに?いい匂い。中をのぞいてみたなら鯛焼き。久しぶりだわありがとう、にしてもどっさり。



そして


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ワイルド
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by dance3e | 2013-07-20 11:29 | ごはん | Comments(0)

レイモンド・カーヴァー

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我々は、何を望んだらいいのかを決して知りえない。なぜなら、人間というものは、ただ一度の人生を送るもので、それ以前の人生と比べることもできなければ、それ以後の人生を訂正するわけにもいかないからだ。

(序文)

***

村上春樹の解説「身を粉にして小説を書くこと」を読んで胸を熱くしたままでしたがよっこらしょ(重いのとにかくこの本)、表紙を開きましょう、そしてカーヴァーの人生を、作家としての人生を。

***

彼が亡くなったのは1988年8月で、享年50歳だった。僕はそのとき40歳を目前にしていた。前年の秋に「ノルウェイの森」が出版されてベストセラーになり、それに関連していろいろとややこしいこと、煩わしいことがあった。それでまたローマに戻って、そこで生活を送りながら次の長編小説「ダンス・ダンス・ダンス」を執筆しているところだった。

日本の知人から「レイモンド・カーヴァー」が亡くなったらしい」という知らせがあり(その頃はまだインターネットなんてものなかったから、ニュースが伝わる速度は遅かった)、びっくりすると同時に、大きなショックを受けた。カーヴァーは僕が敬愛する作家であり、その作品を熱心に日本語に翻訳してきた人であり、一度会って話をしたこともあった。本人も日本を訪れることを真剣に考えてくれて、僕は彼と日本で再開するのことを楽しみにしていた。その矢先のことである。作家としてのまさに最盛期を迎えているときの死である。惜しんでも余りある。

でもそれと同時に、こんな風にも思った。彼をこうして失ったことは本当に残念な、悲しい出来事ではあるけれど、50歳まで生きて、これだけ多くの価値ある作品を書き上げ、それをあとに残して静かに世を去るというのは、ひとつの素晴らしい達成であり、美しい人生のあり方かもしれない、と。そのときの僕には50歳というのはずっと先の方に控えている人生の立派な節目のように思えたのだ。そこは険しい山道の途中にある開けた台地で、こざっぱりした展望台みたいになっており、「50歳」と書かれた里程標が立っている。そこで一服して、冷たく澄んだわき水で喉を潤し、振り返ってこれまで歩んできた人生の裾野を見渡すことができる。その台地の先には「老齢」というより険しい山道が控えている。

でもその10年後に実際に自分が50歳を迎えてみて(それは「ねじまき鳥クロニクル」「アンダーグラウンド」「スプートニクの恋人」を出版したあとだった)そこで判明したのは、50歳という年齢は人生の立派な節目なんかではなく、実はぱっとしない中途半端は通過点にしか過ぎず、そこには見栄えのするものなどほとんど見あたらないという事実だった。里程標もなければ、澄んだ湧き水もなく、クリアな人生の展望なんてまったく望むべくもない。そしてそのときに僕は深く反省することになった。

50歳を迎えた時点では僕は小説家として、自分が書きたいことのまだ半分も書いていなかった。「もしこんなところで自分が病を得て、死ななくてはならないのだとしたら、悔しくてたまらないだろうな」とつくづく思った。

僕は50歳というポイントを越えてから、「海辺のカフカ」を書き、「1Q84」を書き、「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を書いた。もし作品目録からそれらの作品群がまとめて削除されるとしたら、それは僕としてはとても耐え難いことだ。それらの作品は今では僕という人間の、欠くことのできない血肉の一部になっているのだから。一人の作家が死ぬというのは、ひとつの命のみならず、来るべき作品目録を抱えたままこの世から消えて行くことを意味するのだ。

(村上メモ)
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by dance3e | 2013-07-14 22:52 | ほん | Comments(0)

今年もまた

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海開き、梅雨明け・・夏のはじまりはいろいろあるけれど、そのなかにコソッとまぎれこむようにやってくるもの、地味なわりにはいちばん「ああ夏かあ」と思わせてくれるもの、ラジオ体操出席カードがやってきました。保険会社はみなが健康でいてもらわないと困りますものね、入院されたり死んでもらっては困るんです、さあ新しい朝ですよ、生きてますか元気ですか、胸をひらいてぇ〜両手を大きくぅ〜いちっにっさんっ。

素晴らしきラジオ体操 (小学館文庫)

高橋 秀実 / 小学館


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by dance3e | 2013-07-13 09:41 | ほん | Comments(0)

確かな励まし

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村上春樹の特別寄稿は2013年5月6日に京都大学で開催された公開インタビューまえのスピーチ、人伝えに聞いた断片的な情報しかなかったので、文章として読むことができて本当に嬉しかったです。

僕が「物語」という言葉を使うとき、僕がそこで意味することを、本当に言わんとするところを、そのまま正確なかたちで、総体として受け止めてくれた人は、河合先生以外にはいなかった。この村上さんの言葉は河合さんを語るときに言われてきたことですし、それはもちろん「何より嬉しいことであり、励ましになること」でしょうし、そういうひとに出会えて本当に良かったと思ってはいましたが、「自分のやっていることは決して間違っていないんだと肌で実感できた」という言葉は衝撃でした。

そして続く「僕はこれまでのところ、それに匹敵する確かな励ましの手応えみたいなものを、文学の領域において、文芸の世界において得たことは一度もありません。」にガツンとやられまして涙ぽろぽろ。
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by dance3e | 2013-07-05 17:19 | ほん | Comments(0)

赤くて黄色いやつ

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裏庭をテケテケ歩くやつ、むむむ?反射的にカメラを持って濡れたサンダルに足をいれて飛び出す、どこいったぁ〜おのれこんなところにぃ〜パシャリ、うまく撮れないけれど足をふんばって、赤いツメをあげることなくグッとこう胸によせた全体の色合いとかカタチとか、めっちゃ可愛くて、はああ。
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by dance3e | 2013-07-04 18:51 | いきもの | Comments(0)